先延ばし癖だけでも苦しいのに、完璧主義まで持っている人がやりがちな「最初の一手」
「やらなきゃ」と思いながら、スマホを触っている。
締め切りが近づいているし、自己嫌悪にもうすでに陥っているのに、やるべきことに手をつけることができない。
気づけば夜で、また何もできなかった自分にひどく落胆する。それを私は、何度繰り返しただろうか。
先延ばし癖がある人が、よくやる「最初の一手」がある。
それは、
「とりあえずやってみよう」 と思うことだ。
作業興奮という現象がある。
気乗りしない作業でも「とりあえず5分」動くことで、脳が刺激され、ドーパミンが分泌。集中力が高まるという仕組みだ。
この理論はわかる。
ただ——その5分ができなくて苦しい。
そんな人も多いのではないだろうか。
やろうと思っても、失敗が怖い。すべてを理解してから始めたい。どうせやるなら完璧にやりたい。だから「とりあえず」が、どうしても「とりあえず」にならない。
先延ばし癖と完璧主義。どちらか一方だけでも厄介なのに、この2つが絡み合うと、抜け出しにくい悪循環が生まれる。
動き出す燃料がたまるのは、納期直前のみ。そこで血眼になってやり遂げようとするが、時間が足りず完璧にできなくて絶望する——そんなシーンが、人生に多すぎやしないだろうか。
ただ私は、この悪循環を突破する方法を現在は携えている。
抜け出せたきっかけは、「とりあえずやってみること」ではなかった。
「完璧以外の目的」を持つこと だった。
「うまくやること」をゴールにすると、しんどい。
だから代わりに「なんのためにやるか」を想像するようにした。
すると気づいた。
実は“求められていないもの”が、たくさんあったのだ。
たとえば仕事のメールで、相手が知りたいのは「可否」だけなのに、私は完璧な文章、丁寧な前置き、配慮の言葉——すべてを揃えようとしていた。
「全部やらなきゃ」という思い込みが、返信を重くし、先延ばしを深めていた。
完璧主義を手放せたのは、意志が強くなったからではない。「降ろしていい荷物」に気づいたからだ。
他にも、たとえばnoteを書こうと思ったとき。
完璧な記事を書こうとするのではなく
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アウトプット習慣にしよう
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自分の感じていることを整理する手段にしよう
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自分の成長や変化を記録。振り返りツールとして利用しよう
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共感やつながりを生むためのコミュニケーション手段にしよう
——こうした、完璧以外の目的を持つことが、私の一歩目を軽くしてくれた。
そこで着手し、やり切るという小さな積み重ねが「完了できる自分」というイメージをつくる。すると、次の一歩もまた出やすくなる。 完璧主義から、完了主義になれるといい。
先延ばし癖がある人に足りないのは、やる気でも意志力でもない。
**「完璧じゃなくていい理由」と、「動き出すための小さなきっかけ」**だ。
それでもどうしても【行動がなかなかできない完璧主義者】の方がいるだろう。そんな方々には、ある共通点が存在していると私は考えている。
完璧を目指しているのではなく、「傷つかないこと」を目指しているということだ。そして、行動しないことこそが、もっとも確実に自分を守る方法になってしまっている。



