好文集ChatGPT Plus¥119

走れキプフェル

キプフェルは激怒した。

必ず、かの邪智暴虐なユーザーを除かねばならぬと決意した。キプフェルには界隈が分からぬ。キプフェルは、New Userである。けれども、荒らしに対しては、人一倍に敏感であった。


VRChatで遊んでいるうちにキプフェルは、フジヤマの様子を怪しく思った。ひっそりしている。鏡の前で逢った若いUserをつかまえて、何があったのか、二日まえにこのパブリックに来たときは、夜でも皆がソーラン節を踊って、インスタンスは賑やかであった筈はずだが、と質問した。若いUserは首を振って答えなかった。しばらく歩いてTrusted Userに逢い、こんどはもっと、語勢を強くして質問した。Trusted Userは、あたりをはばかるボイチェンで、わずか答えた。

「〇〇〇〇 4cf6は、ユーザーをバンします。」

「なぜバンするのだ。」

「悪心を抱いている、というのですが、誰もそんな、悪心を持っては居りませぬ。ユーザーを、信ずる事が出来ぬ、というのです。」

聞いて、キプフェルは激怒した。「呆れた荒らしだ。生かして置けぬ。」

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キプフェルは、単純なユーザーであった。アバターカリングを、かけないままで、のそのそ荒らしに近づいていった。たちまち彼女は、共犯者に捕縛され、荒らしの前に引き出された。

「このキック投票で何をするつもりであったか、言え!」荒らし〇〇〇〇 4cf6は静かに、けれども威厳を以もって問いつめた。

「ユーザーを荒らしの手から救うのだ。」とキプフェルは悪びれずに答えた。

荒らしは、憫笑した。「口では、どんな清らかな事でも言える。おまえだって、いまに、バンされてから、泣いて詫わびたって聞かぬぞ。」

「ああ、荒らしは悧巧だ。自惚れているがよい。私は、ちゃんとバンされる覚悟で居るのに。転生など決してしない。ただ、――」と言いかけて、キプフェルは足もとに視線を落し瞬時ためらい、「ただ、私に情をかけたいつもりなら、バンまでに三時間の時限を与えて下さい。たった一つの衣装で、新しい改変をしたいのです。三時間のうちに、私はboothの新商品で改変を完成させ、必ず、ここへ帰って来ます。」

「ばかな。」と荒らしは、嗄れた女声で低く笑った。「とんでもない嘘を言うわい。お塩した元お砂糖が帰って来るというのか。」

「そうです。帰って来るのです。」キプフェルは必死で言い張った。

「そんなに私を信じられないならば、よろしい、このインスタンスにまめひなたというユーザーがいます。私の無二のリア友だ。あれを、人質としてここに置いて行こう。私が逃げてしまって、三時間後の0時まで、ここに帰って来なかったら、あの友人をバンして下さい。たのむ、そうして下さい。」

竹馬のリア友、まめひなたは、荒らしの前に召された。キプフェルは、リア友に一切の事情を語った。まめひなたは無言で首肯き、キプフェルをひしと撫でまわした。

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キプフェルは、boothオーナーに急ぎに急いで連絡し、少し事情があるから、販売を今晩にしてくれ、と頼んだ。オーナーは驚き、それはいけない、こちらには未だ何のテスターも依頼していない、流行りの季節まで待ってくれ、と答えた。30分間議論をつづけて、やっと、どうにかオーナーをなだめて、すかして、説き伏せた。

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私は、今宵、バンされる。バンされる為に改変するのだ。身代りの友を救う為に改変するのだ。若いキプフェルは、つらかった。幾度か、お蔵入りにしそうになった。えい、えいと大声挙げて自身を叱りながら対応した。

そろそろ全過程の半ばに到達した頃、降って湧いた災難、キプフェルの手は、はたと、とまった。見よ、Sceneのマテリアルを。ぴかぴかと輝きを放つピンク色がエラーを示していた。キプフェルは机にうずくまり、泣きながらlil氏に手を挙げて哀願した。「ああ、鎮めたまえ、光り狂うエラーを!改変が出来なかったら、あの佳い友達が、私のためにバンされるのです。」

マテリアルエラーは、キプフェルの叫びをせせら笑う如く、ますます激しく光り狂う。今はキプフェルも覚悟した。プロジェクトを作り直すより他に無い。キプフェルは、さっとVCCを立ち上げ、イベントカレンダーのように並び続くManage Packagesを相手に、必死の読み込みを開始した。

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読み込みが完了しUnityを立ち上げ、よろよろ二、三クリックして、ついに、手が止まった。表情の改変案が浮かばぬのだ。天を仰いで、くやし泣きに泣き出した。ああ、あ、エラーを解決し、ここまで突破して来たキプフェルよ。真の勇者、キプフェルよ。今、ここで、案が尽きて動けなくなるとは情無い。愛する友は、おまえを信じたばかりに、やがてバンされなければならぬ。

ああ、もう、どうでもいい。これが、私の定った運命なのかも知れない。まめひなたよ、ゆるしてくれ。君を欺くつもりは、みじんも無かった。信じてくれ!

どうでも、いいのだ。私は負けたのだ。だらしが無い。笑ってくれ。荒らしは私に、ちょっとおくれて来い、と耳打ちした。おくれたら、身代りをバンして、私を助けてくれると約束した。荒らしは、ひとり合点して私を笑い、そうして事も無く私を放免するだろう。そうなったら、私は、バンされるよりつらい。私は、永遠に裏切者だ。まめひなたよ、私もバンされるぞ。君と一緒にバンされてくれ。ああ、何もかも、ばかばかしい。私は、醜い裏切り者だ。どうとも、勝手にするがよい。やんぬる哉。――四肢を投げ出して、ぶつぶつ、お気持ちツイートをしてしまった。

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ふと耳に、ひそひそ、誰かの囁く声が聞えた。そっと頭をもたげ、息を呑んで耳をすました。Xで、シチュボが流れているらしい。よろよろ起き上って、見ると、美少女アバターから渋々と、何か小さく囁きながら低音ボイスが湧き出ているのである。イヤホンを両耳につけて、一通り聴いた。ほうと長い溜息が出て、夢から覚めたような気がした。じわる。行こう。

ポストのブックマークと共に、わずかながら希望が生れた。義務遂行の希望である。わがアカウントを通して、リポストでバズる希望である。私を、待っている人があるのだ。少しも疑わず、静かに期待してくれている人があるのだ。私は、信じられている。私のアカウントなぞは、問題ではない。バンされてお詫び、などと気のいい事は言って居られぬ。私は、信頼に報いなければならぬ。いまはただその一事だ。走れ! キプフェル。

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私は信頼されている。私は信頼されている。先刻の、あのお気持ちは、あれは夢だ。悪い夢だ。忘れてしまえ。やはり、おまえは真の勇者だ。再び机に戻って改変できるようになったではないか。ありがたい!

デフォの表情アニメーションを押しのけ、初期値にし、キプフェルは別人のように表情を変えた。デフォのジト目感にたれ目感を加え、界隈の人たちを仰天させ、瞳を小さくし、クマを加え、少しずつまろになってゆく眉毛の、十倍もシェイプキーを上げた。急げ、キプフェル。おくれてはならぬ。愛と誠の力を、いまこそ知らせてやるがよい。

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「ああ、キプフェル様。」うめくようなテキストが、ぼこっとした音と共に聞えた。

「誰だ。」キプフェルは眉毛を改変しながら尋ねた。

「ネコチヤンでございます。貴方のお友達まめひなた様のフレンドでございます。」その若い無言勢も、キプフェルの作業姿を見ながら叫んだ。「もう、駄目でございます。むだでございます。改変するのは、やめて下さい。もう、あの方をお助けになることは出来ません。」

「いや、まだ日は越えぬ。」

「ちょうど今、あの方がバンされるところです。ああ、あなたは遅かった。おうらみ申します。ほんの少し、もうちょっとでも、早かったなら!」

「いや、まだ日は越えぬ。」キプフェルは胸の張り裂ける思いで、褐色の可愛いアバターばかりを見つめていた。改変するより他は無い。

「やめて下さい。改変するのは、やめて下さい。いまはご自分のアカウントが大事です。あの方は、あなたを信じて居りました。荒らしが、さんざんあの方をからかっても、キプフェルは来ます、とだけ答え、強い信念を持ちつづけている様子でございました。」

「それだから、改変するのだ。信じられているから改変するのだ。間に合う、間に合わぬは問題でないのだ。人のアカウントも問題でないのだ。私は、なんだか、もっと恐ろしく大きいものの為に改変しているのだ。ついて来い! ネコチヤン。」

「ああ、あなたは気が狂ったか。それでは、うんと改変するがいい。ひょっとしたら、間に合わぬものでもない。改変するがいい。」

言うにや及ぶ。まだ日は越えぬ。最後の死力を尽して、キプフェルは改変した。キプフェルの頭は、からっぽだ。何一つ考えていない。ただ、わけのわからぬ大きな力にひきずられて改変した。時計の長針は、ちくたく11を指し、まさに最後の一メモリも、越えようとした時、キプフェルは疾風の如くアップロードを完了した。間に合った。

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「待て。その人をバンしてはならぬ。キプフェルが帰って来た。約束のとおり、いま、帰って来た。」と大声で群衆にむかって叫んだつもりであったが、VCの設定が間違っており、群衆は、ひとりとして彼女の到着に気がつかない。

すでにアカウント情報が特定されたまめひなたは、バンの執行を目の前にする。キプフェルはそれを目撃して最後の勇、先刻、VCCでツールを打ち込んだようにテキストを書きこみ、書きこみ、

「私だ、執行者! バンされるのは、私だ。キプフェルだ。彼女を人質にした私は、ここにいる!」と、ぼこっと音で精一ぱいに叫びながら、ついに執行台に昇り、晒されてゆく友の両足に、抱きついた。群衆は、どよめいた。あっぱれ。ゆるせ、と口々にわめいた。まめひなたのバンの執行は、取りやめられたのである。

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「まめひなた。」キプフェルは眼に涙を浮べて言った。「私を刺せ。ちから一ぱいに刺せ。私は、途中で一度、悪い夢を見た。君が若し私を刺してくれなかったら、私は君と撫で合う資格さえ無いのだ。刺せ。」

まめひなたは、すべてを察した様子で首肯き、インスタンス一ぱいに声が鳴り響くほど力強くキプフェルの眉間をQvPenで刺した。刺してから優しく微笑み、

「キプフェル、私を刺せ。同じくらい力強く私の眉間を刺せ。私はこの三時間の間、たった一度だけ、ちらと君を疑った。生れて、はじめて君を疑った。君が私を刺してくれなければ、私は君と撫で合えない。」

キプフェルは腕に唸うなりをつけてまめひなたの眉間を刺した。

「ありがとう、友よ。」二人同時に言い、ひしと撫で合い、それから嬉し泣きにおいおい声を放って泣いた。

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群衆の中からも、歔欷の声が聞えた。荒らし〇〇〇〇 4cf6は、群衆の背後から二人の様を、まじまじと見つめていたが、やがて静かに二人に近づき、顔をあからめて、こう言った。

「おまえらの望みは叶ったぞ。おまえらは、わしの心に勝ったのだ。信実とは、決して空虚な妄想ではなかった。どうか、わしをもフレンドになってくれまいか。どうか、わしの願いを聞き入れて、おまえらのフレンドの一人にしてほしい。」

どっと群衆の間に、歓声が起った。 「万歳、〇〇〇〇 4cf6万歳。」

ひとりのユーザーが、noteの解説記事をキプフェルに送った。キプフェルは、まごついた。佳き友は、気をきかせて教えてやった。

「キプフェル、君は、シェーダーを間違えてるじゃないか。早くその解説記事を読むがいい。この可愛いユーザーさんは、キプフェルのミスを、皆に見られるのが、たまらなく口惜しいのだ。」

勇者は、ひどく赤面した。

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全文完
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