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作画ファンなら知っておきたい研究者、トーマス・ラマール

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作画について調べていると、名前を覚えるのはたいていアニメーターか監督になる。自分も長いことそうだった。しかし、背景や撮影、レイヤーまで含めて「アニメーションの画面はどう動いているのか」を考えようとすると、作り手の名前だけでは拾いきれない問題が出てくる。

そこで知っておきたいのが、トーマス・ラマール(Thomas Lamarre)である。

ラマールは現在、シカゴ大学で映画・メディア研究および東アジア研究に携わっている。アニメーション研究における代表作は、2009年刊行の『The Anime Machine: A Media Theory of Animation』。2018年には『The Anime Ecology』を刊行し、テレビ、ゲーム、プラットフォーム、メディア環境へと議論を広げた。

『The Anime Machine』がおもしろいのは、日本アニメを監督や作品のテーマから読み始めるのではなく、セル、背景、撮影台、レイヤー、合成といった画面を成立させる仕組みから考えていくところにある。

ラマールが見ている「動き」は、キャラクターの形がフレームごとにどう変わるかだけではない。複数のイメージがどう配置され、重なり、互いにずれていくかも含まれている。

たとえばキャラクターが走るカットを考えてみる。

キャラクター自体は画面中央でその場走りをしているだけかもしれない。それでもBGが後方へ流れ、手前のBOOKがさらに速く通過すれば、キャラクターは前へ進んでいるように見える。

このとき移動感を作っているのは、キャラクターの作画だけではない。キャラクター、背景、前景の速度差そのものが画面を動かしている。

作画を見ているとどうしてもキャラクター側の変化を追いがちだが、ラマールを読むと、画面の別の場所にも動きが分配されていることに気づく。

ここから出てくるのが cinematism(シネマティズム)と animetism(アニメティズム)である。

cinematismは、画面の奥行き方向を強く意識させる映像の傾向を指す。たとえば車載カメラのように消失点へ向かって進む映像では、視線も画面の奥へ導かれていく。

一方、animetismでは複数の平面のずれが重要になる。近景は速く、遠景はゆっくり動く。カメラが一つの三次元空間を進んでいるように見せるより、平面同士の関係から空間を組み立てる。

ここで注意したいのは、cinematism=実写、animetism=アニメという単純な対応ではないことだ。一つの作品、場合によっては一つのカットの中でも両者は混ざり合う。

作画ファンにとって特に直接的なのは、リミテッド・アニメーションについての議論だと思う。

ラマールは2002年の論文「From animation to anime: drawing movements and moving drawings」で、drawing movements と moving drawings を区別している。

drawing movements は、絵そのものを描き変えることで生じる変化。moving drawings は、すでにある絵を移動させることで生じる変化である。

この区別を入れると、リミテッド・アニメーションを単純に「枚数の少ないアニメーション」として見る必要がなくなる。

キャラクターの作画枚数が少なくても、セルをスライドさせる、BGを引く、PANする、同じ絵を反復するといった方法で画面は変わり続ける。キャラクター側の変化量と、画面全体の変化量は必ずしも一致しない。

作画枚数だけ数えていると、この差は見えにくい。

そして、ここまで来ると撮影の意味も変わって見える。

セルアニメーションでは、キャラクター、エフェクト、BOOK、BGなどが別々に制作される。それらに位置、大きさ、速度を与え、一つの画面にまとめるのが撮影だった。

ラマールはこの問題を compositing、つまり合成の問題として考えている。

作画をやっている側から読むと、この部分はかなり興味深い。原画だけを見ていると、「動き」はどうしても原画や動画が作るものとして考えやすい。しかし実際の画面では、撮影によるスライドやカメラワーク、レイヤー間の速度差も同じように運動感を作っている。

デジタル制作になり、セルや物理的な撮影台が消えても、この構造自体は残った。キャラクター、背景、エフェクト、3DCGなどを別々に制作し、最終的に一つの画面へ統合する。ラマールがレイヤーと合成を繰り返し扱うのはそのためだ。

もう一つおもしろいのが distributive field(分散的な場)という考え方である。

画面内の一つの中心だけを見るのではなく、複数の要素へ注意が分散する。キャラクター、文字、メカ、UI、小物、背景などが、それぞれ独立して見る対象になるような画面だ。

ラマールはこうした構成を、オタク的なイメージ消費とも結びつけている。

一枚の画面を一つの統一された空間として見るだけでなく、キャラクターだけ、メカだけ、背景だけを取り出して見る。作画ファンがカットから特定のアニメーターの仕事を探したり、エフェクトだけを追ったりする見方にも、少し通じるところがあると思う。

関連する概念として exploded projection がある。

機械の分解図では、部品同士が離れて描かれていても、それらが一つの機械を構成していることは理解できる。アニメの画面でも同じように、文字、キャラクター、メカ、背景が完全に一つの遠近法的空間へ統合されていなくても、全体として一つの画面を成立させることができる。

ラマールは庵野秀明やGAINAXの作品を扱いながら、この問題を multiple frames of reference、複数の参照枠という考え方へ展開していく。

キャラクター、背景、エフェクトが同じ空間法則に従う必要はない。それぞれが別の基準を持ちながら、一つの画面に共存する。

『ふしぎの海のナディア』などの分析では、sliding planes や compositing といった概念を使いながら、このような画面の作られ方を考えている。

こうした議論は、やがてキャラクターやメディアミックスにもつながっていく。

画面を構成する要素がある程度独立しているなら、キャラクターも一つの作品世界だけに縛られる必要はない。アニメのキャラクターがゲームやフィギュア、広告へ移動しても、私たちは同じキャラクターとして認識できる。

hyper-limited animation をめぐる議論でも、イメージが半独立した複数の層に分かれ、それらが別の場所で組み替えられることが問題になる。

ここまで来ると、ラマールの関心が単なる「アニメの動かし方」に留まっていないことがわかる。作画や撮影から出発した問題が、キャラクター消費やオタク文化、メディアミックスまで伸びていく。

ただ、作画の側から読むと弱いところもはっきりしている。

ラマールはレイヤー、合成、画面内の複数要素の関係を細かく見る一方で、アニメーターが原画そのものの中で作るタイミングやキーポーズ、形態変形についてはそれほど深く扱わない。

金田伊功の作画を考えるとわかりやすい。

中割りを大胆に省略し、特定のポーズを大きく誇張し、原画間の間隔を不均等に置く。そこから独特の速度感や勢いが生まれる。

これはBGとセルの速度差だけを見ていても説明できない。絵そのものがどのように変形し、どの瞬間を原画として選んだかを見る必要がある。

この問題を作画側から検討した文章として、Animétudesの「On animetism: or, the importance of sakuga to theory」がある。

ラマールの理論的な意義を認めつつ、character animation、つまりアニメーターが直接作る動きが十分に扱われていないのではないか、と批判している。

自分もラマールを「作画理論」としてそのまま使うより、作画だけを見ていると抜け落ちる部分を補うために読む方がおもしろいと思う。

キャラクター自体はあまり動いていないのに、なぜ画面全体は大きく動いて見えるのか。

BGとBOOKの速度差は、どうして移動感を生むのか。

撮影が変わると、同じ作画でもなぜ空間の感じ方まで変わるのか。

こうした疑問を考えるとき、ラマールの理論はかなり使いやすい。

原画から原画までを見る作画論と、その原画が背景や撮影とどう結びついて最終的な画面になるのかを見るラマールの議論は、競合するというより見る場所が違う。

作画だけでは説明しきれない画面に出会ったとき、もう一段外側からアニメーションを見るための道具として知っておいて損はない研究者だと思う。

読める資料

まず作画との関係から入るなら、以下の資料がわかりやすい。

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書籍

『The Anime Machine: A Media Theory of Animation』

ラマールのアニメーション論の中心となる本。cinematism、animetism、animation stand、compositing、distributive field、multiple frames of reference などが本格的に展開されている。

https://www.upress.umn.edu/9780816651559/the-anime-machine/

『The Anime Ecology: A Genealogy of Television, Animation, and Game Media』

『The Anime Machine』以後の議論を、テレビ、ゲーム、モバイル端末、プラットフォーム、メディアミックスへ広げた著作。

https://www.upress.umn.edu/9781517904500/the-anime-ecology/

最初から『The Anime Machine』に入るより、「From animation to anime」→「The Multiplanar Image」→講義資料あたりを先に読んでおくと入りやすい。そのうえでAnimétudesの批判記事も読むと、ラマールの理論が何を説明できて、何を取りこぼすのかが見えやすくなる。

全文完
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