遊び下手な大人は退屈を金で解決しようとする
若い頃ろくに遊んでこなかった人は大人になってから金のかかる遊びに走る傾向があります。これは若い頃の反動ではなく金を使わずに遊ぶ方法を身につけてこなかったことが原因です。
遊びというのは工夫が必要なものです。限られた条件の中で何をすれば面白くなるのかを考えてトライして、思っていたほど面白くなければ別の方法を試す。その試行錯誤も含めて遊びなのであって最初から楽しさが保証されている必要はありません。若い頃に金をかけずに遊ぶ経験をしておく意味は、何も用意されていないところから面白さを生み出す能力を身につけられることにあります。
お金を払えば誰かが考え抜いた娯楽を完成された状態で享受できますが、それを遊びだと思っていると自分で面白いことを考える機会が失われるので、遊びに使える金が増えるほど遊び方は下手になっていきます。
お金を払えば一定水準の体験は手に入りますが、その体験が面白かったとしても自分が面白いことを生み出せるようになったわけではないので、満足できなくなるとまた別の娯楽に金を使うことになります。遊びの選択肢は増えているのに楽しみ方はいつまでも提供されるものを選ぶだけなので、金額のわりに単調な時間を過ごすことになります。
自分たちで考えた遊びなら上手くいかなかったことが工夫する材料になりますが、完成された娯楽を購入している場合はその体験が支払った金額に見合っていたかという評価になります。楽しむために試行錯誤する立場から、楽しませてもらった結果を評価する立場へ変わってしまうわけです。
お金というのはできれば自分の退屈を埋めるために使うのではなく人のために使うべきです。自分が楽しく過ごす方法を金に依存していたら、どれだけ稼げるようになっても、その金額に見合った娯楽を探し続けることになります。
大人になって金銭的な余裕を持つことは素晴らしいと思いますが、遊びの楽しさを誰かに用意してもらうようになるのはまだまだ子供です。
遊びの豊かさは自分で考えたことが思い通りになったり、ならなかったりする過程をどれだけ楽しめるかにあります。金がなかった頃の遊びが思い出になるのは何をするかを自分たちで考えていたからです。
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