1試合平均観客動員でMLBを上回る日本のプロ野球が、収益はわずか10分の1の理由
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MLBの中継を観ていて、ずっと気になっていたことがあります。ユニフォームの袖に入るスポンサーの見え方です。MLBはどの球団のスポンサーパッチも統一感があり、ユニフォームのデザインを壊さない品質が保たれています。一方のNPBは、球団によってスポンサーの載せ方の統制がまるで違います。丁寧に設計されている球団もあれば、安易にスペースを埋めただけに見える球団もあります。
気になっていたことは、もう1点。日本の球団は、ユニフォームをやたら頻繁に変えます。各球団が毎年のように限定ユニフォームを出し、基本デザインそのものも数年ごとに刷新されます。一方で、メジャーの名門は驚くほど変えません。ドジャースのユニフォームは、胸の筆記体のスクリプトが1938年からほぼ同じで、この87年間に加えられたのはディテールの調整だけです。限定ユニフォームは目先のグッズ売上を作りますが、50年、80年と変えないことは、ユニフォームそのものを世代を超えたブランド資産に育てます。日本のプロ野球は、目先の売上のほうに寄っているように見えます。
小さな違いに見えるかもしれません。ですが私は、このユニフォームの運用の差が、日米のプロ野球の市場規模が10倍近く開いた理由の一つだと考えています。「アメリカは野球人気と市場が桁違いだから」という説明で済まされがちですが、単に人気の差では説明がつきません。差を生んでいるのは、ブランドや収益を管理する主体がリーグにあるか、球団に散らばっているかです。
観客動員は日本が上、収益は10倍差
まず、人気の差ではないことを数字で確かめます。
日本のプロ野球の観客動員は好調です。2025年の総入場者数は2年連続で史上最多を更新し、1試合平均では31,515人に達しました。対するMLBの1試合平均はおよそ29,400人です。試合数・球団数が違うので総数はMLBが大きいですが、1試合あたりの集客力では、日本がメジャーに引けを取っていません。
一方で、リーグの収益は桁が違います。MLBの2024年収益は121億ドル(約1.8兆円)。NPBは球団決算が非公開のため推計になりますが、リーグ全体で1,500億から2,000億円程度とされています。およそ10倍の開きです。
しかも、最初から差があったわけではありません。1995年ごろのMLBとNPBはほぼ同規模だったという業界推計が複数あります。そこから約30年で、MLBは市場を9倍から10倍に伸ばし、NPBは2倍あまりにとどまりました。
平均観客動員数(MLB/NPB)
MLBとNPBの市場規模推移
現場では同等にも関わらず、収益性では10倍の差を付けられています。この数字を見る限り、原因は単純に人気の差ではありません。収益に変える仕組み作りに大きな差分があると私は考えています。
理由1|MLBは、ブランドと収益をリーグで一括管理している
MLBの仕組みの核は、ブランドに関わる決定をリーグが一括で握っていることです。
ユニフォームのサプライヤーは、2020年から全30球団がNikeの1社に統一されています。10年で10億ドル超という一括契約で、品質基準も供給体制もリーグが管理しています。袖のスポンサーパッチも同じです。MLBが2023年に導入した制度では、パッチは1着につき1枚、サイズは4インチ角までと決められ、酒とギャンブルとメディア企業は掲出できません。そのうえで、掲出にはリーグと選手会の承認が必要になります。MLBでは、スポンサーがユニフォームに「どう載るか」まで中央集権的に管理しています。
商標とライセンスは1966年設立のMLB Propertiesが全球団分をまとめて管理し、純収益は30球団に均等分配されます。デジタル領域も同じで、2000年には全30球団がインターネット関連の権利を出し合ってMLB Advanced Media(MLBAM)を設立し、同じ割合の持分で共同運営してきました。全国放送権の販売と分配もリーグの仕事であり、さらに各球団のローカル収益の48%をプールして再分配する仕組みまであります。
ブランドの統制と収益の一括管理は、表裏一体です。品質に口を出せるのは、お金の流れを握っているからです。逆に言えば、お金の流れがバラバラのまま「品質だけ揃えよう」としても、誰も従う理由がありません。袖の統一感の正体は、ここにあると私は理解しています。
球団の名前にも、この思想は表れています。MLBの球団名は、30球団すべてが地名とニックネームの組み合わせで、企業名は入りません。長年の慣行として徹底されており、球団は特定企業の広告塔である前に、都市とリーグの資産だという考え方が、名前そのものに刻まれています。
一方で、オーナーは頻繁に入れ替わります。この12年だけでも、マリナーズ、マーリンズ、ロイヤルズ、メッツ、オリオールズ、レイズの6球団で支配オーナーが交代しました。オリオールズは2024年に17億2,500万ドル、メッツは2020年に約24億ドルで売却され、パドレスでは2026年、史上最高額となる39億ドルでの売却が進んでいます。球団の平均価値は約26億ドルにのぼります。売却には他球団の4分の3の承認が必要で、誰がオーナーになるかは、リーグが審査して決めます。重要なのは、オーナーが変わっても球団名もブランドも変わらないことです。ブランドが、オーナー個人や企業から独立して守られています。
MLBとNPBの差分サマリー
MLBの中央集権化は、危機への対応で生じた
誤解のないように書いておくと、MLBの中央集権的な体制は理念の産物というより、危機への対応の結果として整備されました。
1990年代のMLBは、大市場球団と小市場球団の格差が広がり、リーグそのものが壊れかけていました。1994年、モントリオール・エクスポズはリーグで2番目に低い年俸総額ながら地区首位を走っていましたが、ストライキでシーズンが打ち切られ、直後に主力を放出して崩壊しました。健全に運営しても収益性の低さで球団経営が成り立たないのであれば、リーグ全体にも影響が出ます。この教訓から、都市や市場規模に囚われないローカル収益の分配の仕組みを生み、2000年のMLB Advanced Media(MLBAM)設立につながりました。
"MLBAM"という組織についても、具体的に書いておきます。30球団が共同出資で作ったデジタル事業会社で、各球団は年100万ドルずつを数年にわたって持ち寄り、全球団がほぼ同じ割合の持分を持ちました。そして各球団がこの会社にインターネットにおける商売の権利のほぼ全てを提供しました。
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球団公式サイトの運営
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試合をインターネットで配信する権利
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オンラインでのチケットやグッズの販売
それまで球団ごとにバラバラに持っていたデジタルの入り口を、まるごと1つの会社に預けました。MLBAMは30球団のサイトを共通の基盤で作り直し、のちに全試合をインターネットで生中継するMLB.TVを生みました。大市場の人気球団からすれば、自前でやれば独占できたはずの収益を手放す決断です。それでも「球団間の格差を作らない」設計理念を優先したと言えます。
こうした統合された権利が、のちに大きな利益を生みます。MLB.TVで磨かれた配信技術は動画技術会社BAMTechとして独立し、Disneyに段階的に買収され、最終的な評価額は60億ドルに達しました。権利を手放したはずの30球団が、その持分を通じて最も得をしたのです。中央集権とは、"リーグ"という商品への共同投資だったのだと思います。
理由2|日本の球団は「親会社の宣伝媒体」としての位置付けとして生まれていること
では、なぜ日本では同じことが起きないのか。私は、日本のプロ野球の生まれ方に理由があると考えています。
日本のプロ野球は、1934年に読売新聞社の正力松太郎が作った大日本東京野球倶楽部、のちの巨人軍から始まりました。1936年に発足した職業野球リーグの7球団は、新聞社や電鉄の事業として設立されています。つまり日本の球団は、最初から「親会社の宣伝媒体」として生まれました。
この性格を固定したのが、税制です。1954年の国税庁通達は、親会社が球団の赤字を補填した場合、それを広告宣伝費として損金算入できると定めました。プロ野球団は事業として稼がなくても、親会社の宣伝媒体として存在を正当化できます。その形を、税務が公認した形です。
各球団の目的が親会社の宣伝である以上、リーグ全体の商品価値を最大化する主体は生まれにくい。放映権は球団ごとの個別販売で、セ・リーグは長らく巨人戦の中継に依存してきました。1980年代の巨人戦は毎試合20%を超える視聴率を取り、他球団は年に数試合の巨人戦の放映権料で経営を支えました。その巨人戦の視聴率が2000年代に崩れたとき、リーグには代わりの収益の柱がありませんでした。ユニフォームのサプライヤーは現在も球団ごとに分かれ、スポンサーの載せ方も球団ごとの運用とみられます。冒頭に書いた袖の統制の差は、球団の怠慢というより、リーグとして揃える主体がそもそも存在しない構造の帰結です。
球団名の扱いが、その従属を象徴しています。日本では親会社が変わると、球団名まで変わります。ダイエーホークスはソフトバンクホークスに、TBS傘下のベイスターズはDeNAベイスターズになりました。ブランドが親会社に従属していることの、何よりの証拠です。そもそも親会社の変更自体が、この20年で実質3件しかありません。球団が市場で値付けされ、取引される資産にはなかなかなっていない。
MLBの中央集権が危機から生まれたのだとすれば、日本は逆でした。巨人という圧倒的な一強が長く稼ぎ続けたために、リーグ全体で商品を作る動機が生まれなかったのです。強者がいたことが、構造改革を不要にしてしまいました。
パ・リーグは2007年より、組織的に運営
パ・リーグ6球団は2007年、共同出資でパシフィックリーグマーケティング(PLM)を設立し、デジタル配信やマーケティングを共同化しました。2012年に始まった「パ・リーグTV」は、6球団の全試合を一つの窓口で配信しています。日本のプロ野球で唯一の、リーグ単位に近いブランド運営です。
皮肉なことに、これが可能だったのは、パ・リーグに巨人がいなかったからだと私には見えます。単独で稼げる一強を持たないリーグは、まとまる以外に生き残る道がありませんでした。恵まれなかった側が先に構造を変えるという、MLBの小市場危機と同じ力学がここでも働いています。
球団単位の成功例もあります。DeNAは2011年に95億円で横浜ベイスターズを買収し、5年で黒字化させ、観客動員を1.8倍にしました。ただし、球団単位の最適化は、その球団の収益を伸ばしても、リーグ全体の市場を広げはしません。12球団がそれぞれ頑張る現在の形は、30年かけて市場が2倍にしかならなかった形そのものです。
NPBに足りていないのは、"ブランド価値"と世界に売るための窓口
分権の代償として私が最も深刻だと考えているのは、ブランドの価値と、世界に売るための窓口です。
ブランドの面では、リーグとして統一された品質や体験がないため、観客が受け取る印象は球団ごとの落差にそのまま左右されます。ブランドは、一番弱い接点で評価されるものです。袖の雑なスポンサーパッチひとつが、リーグ全体の格を下げてしまいます。そして時間の面でも同じことが起きます。毎年変わる限定ユニフォームは今期の売上を作りますが、ドジャースが87年守った型のような、時間が価値に変わる資産は積み上がりません。12球団が同じ方向を向くための仕掛けも構造的に存在せず、セとパでは放映や配信の形すら揃っていません。
そして、世界に売るための窓口です。MLBはリーグとして世界にコンテンツを売る体制を持ち、放映権もグッズもまとめて海外展開できます。NPBには、世界に売る主体が存在しません。大谷翔平の活躍で世界中が日本の野球に注目しても、その注目を収益として受け取る窓口がNPBにはない。選手個人は海を渡って評価される一方で、選手を育てたリーグの商品価値は、管理する主体を欠いたまま国内にとどまっています。
ブランドの中央集権とは、球団の自由を奪うことではありません。リーグという商品を作ることです。観客動員が史上最多を更新し続ける今は、本来なら構造を変える最高のタイミングのはずです。現場がこれだけ強いのに市場が2倍にしかならなかった30年は、人気の問題ではなく、商品を作る主体が不在だった30年だったと私は考えています。
参考文献
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「セ・パ公式戦の入場者数が史上最多を更新」(NPB、2025年10月1日)
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「MLB Attendance Sees Third Consecutive Year Of Increase; Exceeds 71 Million」(Forbes、2025年9月29日)
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「MLB Revenues Hit Record $12.1 Billion In 2024」(Forbes、2025年1月27日)
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「その差は8倍 日本プロ野球と米メジャーリーグ、なぜ市場規模に差がついたのか」(ITmedia、2023年3月15日)
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「高収益誇るメジャーリーグを『1試合当たり観客数』で上回る日本プロ野球」(JBpress)
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「Baseball's Big Bucks」(Forbes、2007年4月19日)
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「MLB Sees Record Revenues for 2015」(Forbes、2015年12月4日)
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「For A Cool $1 Billion, MLB Adds Nike Swoosh To Uniforms」(Forbes、2019年12月19日)
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「MLB Releases Final Details Of Sponsor Patches」(Forbes、2022年4月1日)
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「About MLB Advanced Media, LP」(SEC EDGAR)
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「Disney Buys Out MLB's Remaining 15% Stake in BAMTech」(Variety、2022年)
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「1994-1995: Baseball on Strike」(Just Baseball)
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「日本野球の歴史」(野球殿堂博物館)
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「職業野球団に対して支出した広告宣伝費等の取扱について」(国税庁、1954年8月10日)
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「プロ野球『全く儲けない異常体質』が許された訳」(東洋経済オンライン)
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「パシフィックリーグマーケティング株式会社」公式サイト
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「DeNA:横浜ベイスターズ買収、TBSから株式取得-95億円で」(Bloomberg、2011年11月4日)
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「12,000 Games in Dodger Blue」(Todd Radom Design)
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パシフィックリーグマーケティング・根岸友喜氏の講演
(注: ドル円は執筆時レートで概算です。NPBの市場規模は球団決算が非公開のため民間推計に基づきます。1995年時点の日米比較は複数の業界推計によるもので、金額には推計の幅があります)






